「無」の世界からの脱出

「無」の世界からの脱出

一週間前と変わったこと

今日は春分、少し前に春分の記事を公開しました。

約一週間前に書いた記事で、そのころにも新型コロナウイルスのニュースは連日流れていましたが、あれからたった一週間でここまで現状が変わったのかと驚きます。

香川県も長らく感染者が出ていませんでしたが、ついに今週1名確認されました。しかしね、私の周りでは「検査していないから見つかってないだけじゃないか」という意見が多数。私もそう思います。

先行きが見えない恐怖や不安は、誰もが持っています。だけどほら、今日はこんなにいい天気で空も綺麗。ことさら、恐怖や不安にフォーカスしなくてもいいんじゃないかと思います。

春分の朝に思ったこと

今朝ニュースを見ていて思ったんだよね。あらゆる「無」がコロナウイルスを拡散を加速させてるんじゃないかって。無意識、無自覚、無関心、無知識、無理解、無責任。

自分は大丈夫、自分には関係ない、自分は罹患したって平気、それはとても無責任なんだよね。自分は良いよ、私だってそう。40代の丈夫な女性、きっと感染してもしんどい思いをして治るだろうなと思う。だけど私が感染するということは、体の弱い人をさらに危険にさらす可能性が増えるということ。だから気をつけようと思ったんです。

次々に国の出入りが規制されていってる。日本は地続きじゃないからあんまりピンとこないかもしれないけど、鎖国してた頃のような状況に戻りつつあるんじゃないかなって思う。もちろん、鎖国していたころと社会の仕組みは違うわけだから、タイムスリップしたみたいに戻るわけじゃないけど、当たり前だと思っていた選択肢が、選べないことだって起こりうるということだ。

でも代わりに、インターネットを使ってオンラインで人が集まるとか、ライブを放送するとか、いやもっとできることが増えるのかもしれないね。一歩一歩着実に進歩してくれていた技術のおかげで、鎖国してた頃の日本ではない日本がここにあるってすごく思う

私は田舎至上主義でも昔はよかった主義でもないけれど、自分が生きるために必要なものは、自分でどうにかできるようになっておいた方がいいと思っている。

って言うと「田んぼや畑や土地を持っていない人はどうしたらいいんだよ!」っていう人が出てくる(らしいけど、私のような小さな規模だとまず聞かないけどね)そうだけど、貨幣経済なのだから貨幣が代わりになってくれる。もちろん、田んぼや畑を持ってたって貨幣が必要だからちゃんと換金してるからね。なにも、物々交換だけが残された道じゃない。

そもそも、今これだけ経済が揺らいでいるのを見ていたら、崩壊(今までとは違ってくること)可能性だって全然あるわけ。その時、例え田畑や土地を持っていようと、膨大な備蓄を持っていようと、貨幣経済の中にいる私たちは平等にショックを受けるんだよ。

そういうわけで、平等っちゃ平等なんだよ。不安も怖さも、分からなさも平等にみんな抱えてるんだよね。だからこそ、一人ひとりがしっかりしようぜって言いたい。人を攻撃したり迫害したりすることで安心するのをやめようぜって言いたい。

「あん」

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この映画は内容を知らずに見ました。ハンセン病の方の映画だったんだね。香川県には小さな島をまるごと療養所にしてる場所があります。

去年の瀬戸芸でその島に行って思ったことは、この島は整っていて美しい、とても美しい。だけど人の気配がしない。気配を殺して生きてきた人たち、気配を殺さざるを得なかった理由は、私たちにあるんだってこと。

私たちは何から逃げてきたんだろうね。未知の病気? 原因不明の痛み? いや、私は新型コロナウイルスから改めて感じたのは「自分の安心のために、人を迫害すること」だと思った。

病気のことが分からないから、怖いから隔離する。以前はそれも仕方なかったのかもしれない。だけど今は違う。もう、こんな悲しい過去を繰り返さなくてもいい。

2020年、21世紀になって20年も経ったんだ。同じ轍を踏まぬよう(先人が失敗した同じ失敗を繰り返さぬよう)、私たちはやれるんじゃないかな。

「無」の世界から脱出しよう

ここで冒頭に戻る。あらゆる「無(無意識、無自覚、無責任、無知識、無理解、無関心)」がコロナウイルスを拡散を加速させているってこと。自衛のために、怯えてからを閉ざすことだけが私たちのできることではない。意識して、自覚して、関心をもって、正しい知識を知って、理解を深めて、自らの責任で、できることをしよう

私たちは、無力じゃない。

たいそうなことじゃなくていい、こんな時だからこそ、大切な人に声をかけることができたら、笑顔にすることができたら、それだけでいいんじゃないかと思う。

私自身、たいそうなことをできるようにならないと、とても人は救えないんじゃないかと思っていた。だから、たいそうなことができるようになるまで、何もできないと思っていた。だけどそもそもが間違っていたなと思う。

特殊な技術や能力がないとできないことが、世界を救う唯一の方法だなんてことはない。この世界は、自分と同じような個人の力が集まってできてる。だから、個人の力で変えることもできるんだと思う(くどいけれど春分の記事を貼っとくよ)。

ドラマ「心の傷を癒すということ」でも伝えていた ”誰も一人にしないこと” は、誰もが知っていて、誰もができることだからこそ、きっと答えのひとつなんだと思う。

しつこいけれどもう一度。私たちは無力じゃない。「無」の世界から脱出しよう。

宣伝に繋げるのもどうかと思うんだけど(笑)、パソコンでいろいろできるようになっておくと便利で安心だよ!

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