心の傷を癒すということ

心の傷を癒すということ」というNHKのドラマ。全4回なのでとても短い。だけど、きっと生涯忘れることはないだろうってぐらいいいドラマだった。

新増補版 心の傷を癒すということ: 大災害と心のケア
安 克昌
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このドラマの主人公である安先生は、日本で初めて心のケアを提唱した人だと言われている。それまでもきっと何かはあったと思う。だけど阪神大震災で多くの人が心に傷を負っている様子を見て、自分ができることはないだろうかと考え始めたそうだ。

心なんて目に見えないものは、体に負う傷と比べて軽く見られがちだ。そりゃそうだ、私だって指から血が出てたら慌てる。だけど指の切り傷は数日で治るけれど、心の傷は何年も抱え続けることの方が多い。

このドラマを見て思ったのは、阪神大震災にしろ東日本大震災にしろ、医療関係者もボランティアも自衛隊も、もちろん被害に遭った方々も、みんな心に傷を負いながら復興に携わっていたということ。誰も平気な人はいない、だけど平気じゃないからといって立ち止まっていられない。熱も出ない、倒れもしない、だけど心は確実に痛み、傷つき、血を流しているということ

そんなとき、本当にどうでもいいようなことで「もういいかな」と思うことは人生において誰にでも起こりうる。校長先生が「お米がなくなったから、もういいかなと思った」ように。生きている理由が分からないとか、希望が見つけられないとか、そういうのも消えて、ただ暗闇にポツンと一人で立っているような気持ちになったとき、人はいとも簡単に死んでしまうのだと思う。

そんなとき、些細な人とのふれあいによって、ドラマでは「いかなご、炊いたんです」とお隣さんが持って切れくれたことによって、「今日はいいかな」って死ぬのをやめることも、誰にでも起こりうることだと思う。

そう思うと、自分以外の誰かに(それが家族であっても)接するときは、できるだけ優しくしたいと思う。もしかしたら、それが最後になるかもしれないから。

このドラマの最後に、安先生が「心の傷を癒すということが分かった」という。それは「誰も一人にしないことだ」と。そんなことかと思う人もいるだろう、私もタイミングによっては(拗ねてるときなんかは特に)そんなことかと思うだろう。でも誰もが知っていて、誰もができることだからこそ、きっとそれが答えなんだと思う。私にもできる、そういうことが一番大切なんだと思う。

人にとって、永遠に逃れることができないのは「時間」だと思う。時に無情に、時に救いにもなる時間。前に前に進んでゆくことを、人間は止める手段を持たない。

このドラマの最後、終子さんが「寂しい」と言った時、私は奇跡が起こってほしかったと思った。でも奇跡ってそういうもんじゃない。安先生に生きてほしかったのは、私の希望であって、奇跡って誰かの期待通りになることばかりを指すんじゃないんだよな、と思ったとき、ほんの少しだけ時間に感謝した。安先生の肉体が亡くなってしまっても、安先生の精神は生きていて、安先生がやりたかったことを実践している人がいる。そして精神科医ではない人にも、心のケアについて知ろうとする人が増えている。

時間の経過が育てた意識、人間、社会がある。そう思うと、時間はとても優しく見える。

時間についてはホーキング博士の映画を見た時も何か思ったんだよね。上手く言葉にできないんだけど。いつか言葉にしたいなあ。

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