イノシシカレー♡

イノシシカレー♡

お疲れ様です。続々と梅雨明けのお知らせが届いていますね。

久しぶりに村上春樹の新作が出たので、読みながら寝ようかと思っているのですが、横になったら寝てしまいます。

さて!そんな最中ではありますが、日差しに負けぬよう元気メニュー。イノシシと夏野菜のカレーです。

美味しいものを食べたイノシシは美味しい!

ありがとう自然!ありがとうイノシシ!

このイノシシは農音の 田中 佑樹 さんからいただきました♡

この島では、年間800頭以上獲れるイノシシの多くが、そのまま処分されています。

田中さんから、「ただ処分されるのは忍びない……」という言葉を聞いたことが印象深く残っています。

人も含めた島の資源の循環を形作るためにも、イノシシの命も活かしていきたいです。

解体するときは呼んでくださいね!!

✳︎

この炎天下でも植物たちは元気です。

レモンも柿も、もちろんみかんも、順調に大きく育っています。

収穫が早い品種ならあと2ヶ月ちょっと!

たぶん私が誰よりも早く食べたくてうずうずしています☺️

追記

どんな動物も、植物も、人間さえも、この地球上で「生きている」という意味では同じ立場です。私はこの島に来て、恵みと試練をどちらももらって、初めて実感しました。

人間だから偉いとか、人間だからすごいとか、全然関係ない。人間が自然を守るというのも、なんだか違うと感じています。

というのも、今は雑木林ばかりのこの島ですら、ほとんどすべての場所が人間の手によって切り拓かれた経緯があります。下の写真が昭和50年ごろの島です。雑木なんてほとんどない。これでも、みかん生産全盛期から10年以上経過している風景です。

人間が自然を守るということは、たぶん「手付かずの場所」に向けて言える場所なんだと思うんです。人の手が一度でも入ってしまえば、そこはもう天然とは言い難いんだと思う。だから、人の手を入れなければ、ただ荒れて行くんだと思うんです。

雑木林も生態系がしっかりとあるから、荒れているとは言わないのかもしれないけどね。でも、それは自然とは言い難いと、私は思うんです。

だからある意味では、イノシシも雑木林も人間も、この島のあらゆる生物は同等で、平等で、大きな循環というサイクルの中で補完し合いたいなって思うんです。いや、島に限定することないな。この地球上のすべての生き物が、あらゆる意味で「ひとつのパーツに過ぎない」のと同時に、かけがえのない存在なんだ。だから大きな循環のサイクルの中で補完し合いたいな、っていうことです。

私なりのひとつの表現が「駆除したイノシシを食べる」ということ。決して命を軽視しているわけではない、むしろ尊いからこそ、命を無駄にしたくない、ということです。

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